2024年7月29日
コラム

【出張授業】ルーペで覗く網点世界と夏の一日

6月末から7月中にかけて金沢美術工芸大学と高岡工芸高校において、印刷授業のお手伝いをさせて頂きました。学校での出張授業と、本社印刷工場の見学案内を担当します。
金沢美術工芸大学では特色6色のポストカードを、高岡工芸高校はカレンダーのデザインを授業で制作しておられました。それぞれ最後は弊社の印刷機で製品として仕上げ、学生・生徒のみなさんにはその印刷の様子を見てもらうという内容です。

ちなみに金沢美術工芸大学構内には初めて入ったのですが、昨年10月に新キャンパスとして移転したばかりでした。建物も設備も何もかもピカピカで、メディアで話題になっていた石川県立図書館は道路を挟んで向かいにあります。
「こんなに素晴らしく環境の整ったキャンパスでデザインを勉強できるなんて羨ましいな!」
と思わずにはいられませんでした。

金沢美術工芸大学にて。ルーペで印刷物を観察してみる

対象が学生さん・生徒さんというのもあって、授業の内容としては印刷物はCMYKの4色でできていること、色彩や陰影は網点によって表現されていることなど、オフセット印刷の基礎的な部分を扱いました。

印刷授業の内容を考える上で、自分が大切にしたのは体験を通して学習することです。
インターネットを見れば「4大印刷方式のひとつである平版に含まれます」
というような解説を読むことはできますが、本当に“平らな”版なのかどうかを知る為には、触ってみる必要があると私は考えます。

ですので、言葉での説明はそこそこに、
「触ってみましょう、確かに平らですね」
「触るとひんやり感じます。この版は約0.3ミリの薄いアルミニウムの板で出来ています」
「ルーペで覗いてみましょう。網点が見えますね。この網点が印刷物に転写されています」
このような流れで、道具やサンプルが授業中に次々と出てくるような内容を考えました。

大前提としてオフセット印刷は非常に回りくどく、そして分かりづらい印刷方式だと思っています。毎日、仕事として接している人間がそう感じるくらいなので、初見の人がどう感じるかは推して知るべしです。

オフセット印刷は4大印刷方式の中で最も大量複製に向いた印刷で、日常生活の中で触れない日は無い、と言っても過言ではないほど身近な存在です。しかし版を解説するにしても、スタンプのようにインキがのるところが出っ張っているなら仕組みもわかりやすいですが、版が真っ平となるオフセット印刷の場合、説明がどうしても難しくなりがちです。

一番身近な印刷方式が一番分かりにくいというのは何とも言えない矛盾を感じる部分で、印刷の面白いところだと思っています。

高岡工芸高校の会社見学にて。写真右「ハイっ!」と元気な声とともに手を挙げる生徒さん

授業では様々な内容について扱いますが、毎回一番盛り上がるコーナーがあります。
それは「印刷まちがい探し」です。

一見問題なく見える印刷物ですが、よく見ると印刷不良が潜んでおり、それを早押し形式で探してもらいます。チーム対抗にしてみたり正解した方に景品を用意したりすると、みなさんの本気度も高まっていい感じです。言うならば「印刷アハ体験」のようなものでしょうか。

あまりにも微小な欠陥だと流石に見つけられないので、「ぱっと見気づかないが、一度気づくとそうとしか見えない」というような塩梅のものをピックアップしているのが特徴です。
もちろん欠陥を見つけて終わり、というわけではなく何故そういう欠陥が起きるのか、オフセット印刷のどの要素に関わった問題なのかについて自分なりの言葉で解説を加えます。

この印刷まちがい探しゲーム、試しに弊社社員にやってもらうと「なかなか分からなかった」「難しかった」というある意味ちょうど欲しいところの感想が返ってくるのですが、学生さん・生徒さんの見つける速さときたら、もう。

想定の2~3倍くらいの速さで不良に気づきます。
そこまで簡単なはずでは無いのですが・・・。
理由を考察するなら、まずは「若さ」は真っ先に挙げられます。
印刷不良の多くは1ミリにも満たない網点世界において起きていることなので、老眼に悩まされず、手元がクリアに見えるのは欠陥の発見に十分関わっています。
しかし、それにしても、です。

面白いことに大学生、高校生いずれにも共通していた点として、
・印刷授業の途中に質問をしてくれた方
・何となく目を惹くようなデザインを提出していた方
このどちらかに該当する方が、全体的に発見速度が速い中でもいち早く欠陥に気づけていたという傾向がありました。

この気づきは自分にとって大変興味深いものでした。
印刷物の異常とは、言い換えるなら色彩、文字、図版の崩れや綻びといえます。デザインや印刷に対して前のめりになれる人ほどその崩れや綻び、違和感を鋭く感じ取ることができるのかもしれません。

「印刷やデザインへの興味の度合いと印刷不良発見力の間に相関関係があるのではないか」
デザイン系の学生さん・生徒さんへの授業を通して、自分の中にそんな仮説が生まれました。普通科コースの方に同じまちがい探しをしてもらって結果を比べるなど、いつか検証する機会があればな、と個人的に思っている次第です。

私は印刷のことを本当にたくさんの人から教わりました。
その中でも印刷の楽しさと奥深さを一番分かりやすく教えてくれた、印刷現場のある先輩のことは今でも鮮明に覚えています。

「色々な金属がありますが、アルミニウムをなぜCTPプレート(オフセット印刷で使われる版)の材料として選んだのでしょうか。他の材料でも出来そうな気もします」

ある日の仕事中、私はその場でふっと思いついた疑問を尋ねました。
非常に気軽な感じで質問したのですが、その先輩は「分かった、ちょっと待ってろ」と言ってわざわざ機械を動かす手を止めて何処かに行きました。

しばらくして戻ってきたその手には使用済みの版とインキ缶のフタが。
そしてどういうわけだか、片方の手は水でびしょびしょに濡れています。
版とインキ缶のフタを台に並べて置くと、濡れた手を勢いよく振るって辺りに水滴をまき散らしました。

急に何やってるんだこの人は、と驚いたのを覚えています。その方はこう続けました。
「水滴の形を比べてみてほしい。全く同じでは無いはずだから」
訝しむように私は二つの金属の上に散った水滴を観察しました。言われてみると確かに水滴の形が違う。鉄でできた缶のフタの方は水滴がドーム状に、アルミでできた版のほうはコイン状に広がっています。

そして解説してくれました。
「アルミニウムは親水性のある金属だから印刷に向いている。薄く均一な水膜を作ることが印刷には大切なんだ」と。

とても分かりやすかった。何よりこの目でその事実を確認できた。
文字で読んでも、耳だけで聞いても、ここまでの深い納得は得られなかったと確信できます。疑問の解決と新たな知識の会得によって、頭の中は知的好奇心で心地よく満たされました。今でも忘れられない、印刷って面白いなと心から思えた瞬間のひとつです。

教えてくれた人はもういない。
でも、きっと私は、CTPがアルミニウムである理由を死ぬまで忘れません。

(PD:田中友野)