2024年8月13日
コラム

写真集『小島一郎作品集』校正戻し 〜写真集ができるまで・前編〜

7月5日、急遽西谷内PDから声をかけられました。
「この後写真集『小島一郎作品集」の校正戻しがあるので、印刷立会いまでをレポートしてほしい」というものでした。
この業界に馴染みがない方はどのようにして本ができあがっていくのか、過程を知らない人がほとんど。
その過程を一人でも多くの方に伝えたいという、版元のroshin books・斉藤さん、西谷内PDの想いがそこにはありました。 

今回レポートを担当させていただく私は、普段は弊社でデザイナーとして働いていますがPDの仕事に関してはまだ知らない部分がたくさんあります。
デザイナーの立場として印刷立会いをしたことはありますが、PDが立会う印刷現場に参加したことはありません。
何より各方面のプロの方々からのお話を伺う機会は貴重ですし、デザイナーとしてもためになると思いこちらこそ是非お願いしますと引き受けました。

まず今回は校正戻しをレポートします。
roshin books・斉藤様、デザイナー・加藤勝也様が来社され、西谷内PD、営業板倉を交え終始穏やかなムードの中、写真集『小島一郎作品集』の校正戻しが行われました。  
PDとお客様との校正戻しの様子を見学するのは初めてでドキドキです。

右から加藤さん、斉藤さん、西谷内PD、板倉 談笑も交ぜつつ穏やかなムード

写真集の制作では、色校正が重要な工程の一つです。
小島一郎作品集では本文8ページ分を抜粋した本機校正(実際の紙とインキ、印刷機を使用して行うテスト印刷)と残りのページは簡易校正にて色校正を行いました。
本文用紙に選ばれたのは嵩高ラフマット紙のモンテルキア。
この紙は印刷時に深くインキが沈み込み、絵柄が柔らかく優しい印象になるのが特徴的です。ただし、沈み込むということは絵柄によってはインキ量のバランスが予測しにくい紙ということ。
抜粋したページだけでも本機校正を入れることにより、実際の本番印刷時と同じ条件で色やディティール感が確認できます。

話し合いながら修正内容を赤ペンで記載していきます

校正戻しではテスト校正を基準にして本番印刷時における色味や表現の方向性をニュアンスの差異がないか、お客様と共有していきます。
今回の写真集は全ページモノクロ、刷り色はスミのダブルトーンです。
モノクロゆえ色に頼ることができないため、構図や光の表現などが重要になってきます。

本機校正と簡易校正を交互に見ながらどこをどう表現したいのか斉藤さん、加藤さん、西谷内PDが細かくすり合わせしていきます。
斉藤さんが校正時に一番こだわっておられたのは雪の白さ。白さを際立たせ、抜け感を出すために製版時の画像調整と印刷設計で詰めていきます。
紙とインキ、そして絵柄との相性。これらの細かな部分を一つ一つ丁寧にすくっていくことで完成度の高い写真集が仕上がります。

写真家・小島一郎


この写真集は、1924年に青森市で生まれ、郷土に生きる人々への深い共感を印象的なモノクロームの世界で映し出した写真家、小島一郎さん(1924-1964)の作品を集めたものです。彼は戦後、1954年頃から死去するまでの10年間という短い期間に北国の雪原や農作業風景などを中心に撮影しました。
1958年、初個展「津軽」を東京の小西六ギャラリーで開催。その後、勢いを得た小島さん1961年、フリーランスの写真家として活動するために上京。
しかし、東京という今までとは異なる環境での作家活動で苦戦を強いられてしまいます。
写真活動の行き詰まりなどから東京より引き上げ、北海道の四季の撮影を決意。1963年冬、北海道でオホーツク海の流氷撮影に挑みますが過酷な撮影に体調を崩し、1964年7月、39歳の若さで急逝しました。
今年は小島さんの生誕100年、没後60年にあたる節目の年です。
青森県立美術館では、2009年の大規模な個展「小島一郎 北を撮る」以来15年ぶりに、2度目の回顧展が開催されます。

作品集を出したいと思ったきっかけ


斉藤さんがこの写真集を出したいと思ったのは、2014年にIZU PHOTO MUSEUMで行われていた小島一郎の展示会がきっかけとのこと。
小島さんの作品を実際に目にし、いつか小島さんの写真集を出したいとroshin books立ち上げ当初から思っていたそうです。
斉藤さんは、今年が小島さんの生誕100周年であるということを最初ご存じなかったらしく、作品集を出したいと美術館へ確認をとった際に2024年で100周年ということを教えていただき驚いたそうです。
美術館側は写真集などを作る予定がなかったというのもあり、ならば自分が100周年という記念の年に作ろうと製作を引き受けたそうです。
まさしく運命とも言えるタイミングでした。

箔押しでモアレ?

空部分にモアレが!(1回目の校正になります)

表紙は布クロスに箔押しのデザインです。
今回の箔押しのテスト校正は、金、銀、空押しの3種類になります。
箔押しの校正をよくよく見てみると、空の絵柄の部分にモアレが出てしまっています。
箔押しでモアレが出るというのは初めて目にしたので驚きです。なぜ箔押しでモアレが出るのでしょう? 

西谷内PDに聞いてみました。
「表紙の素材は繊維の細かい細布を使用しており、絵柄は画像を網点化したものを箔押ししています。
通常オフセット印刷のAMスクリーンはC角15°、M角45°(75°)、Y角(90°)、K角75°(45°)のように色別に角度が振り分けられています。しかし、まれに規則正しく並べられた絵柄だと網点同士が互いに干渉しあい、モアレが発生してしまうことがあります。
皆さんの身近なところで言うと洋服の絵柄が細かい網目やストライプ模様、着物の模様を撮影した写真などです。
今回の場合ですと、布目と網点化した画像が干渉しあい、網点の一番見える空の絵柄の部分にモアレが発生してしまいました」

箔押し部分の修正指示を書いていきます

さて、どうやってモアレを解消するのか。
2回目の箔押し校正のテスト結果をみた斉藤さんが「空の部分は全て飛ばしてしまっても良いのではないか?」とおっしゃいました。
その一言で空と木の境のグラデーションは少し残しつつ、空部分を全て飛ばして布地を生かす方向に決定。
さらに箔押しの際に均一に圧力をかけ、ムラなく圧着し綺麗に箔押しができるように絵柄の天地を2mmほど削ることになりました。

個人的に、絵柄の箔押しは珍しい挑戦だと感じたので斉藤さんに質問してみました。
すると斉藤さん曰く「珍しいことをしているというイメージはなく装丁の表現バリエーションの1つとして絵柄の箔押しを選んだ」とのことでした。

私は装丁デザインは今まであまりやったことがなくこんな表現方法もあるのかととても学びになりました。

斉藤さん、加藤さんのさまざまな思いやこだわりで制作された『小島一郎作品集』
校正会を経て、いよいよ次の記事では印刷立ち会いの様子を紹介していきます。
そちらもぜひご覧ください。

後編はこちらから:
写真集『小島一郎作品集』印刷立会い 〜写真集ができるまで・後編〜

展覧会情報:
AOMORI GOKAN アートフェス 2024 後期コレクション展 生誕100年・没後60年 小島一郎 リターンズ Kojima Ichiro Returns

販売サイト:roshin books公式販売サイト